ドラゲーライヴ Vol.1

ドラゲーメインのプロレス観戦記ブログです。

東京-大阪ぶらり鈍行の旅

今回のブログ先に言っておきますが、プロレスの話はゼロです。
これっぽっちも出てこない、ただのなんちゃって旅行記なんでとばしてもらっても何の問題もないです。


昨日は朝7時40分に横浜の最寄り駅を出発してから、大船→熱海→沼津→浜松→熱田と13時過ぎまでずっと鈍行で移動。
途中富士山がきれいに見えた。
そういえばこの辺りを新幹線ではなく鈍行で移動するのは初めてやわ。


熱田には13時過ぎに到着して熱田神宮を観光。
平日の昼間だからなのか、それともいつもなのかは分からないけど、とても静かで緑も多くてグッド。
草薙の剣(熱田大神)をご神体としているということと、他の祭神が天照大神、スサノオノミコトと素人でも知ってる名前が揃っていて楽しみ。
西門から入って、何はともあれ本宮へ。
京都の神社とは、造りが違うことが少し興味をそそられた。
調べてみると、今のような伊勢神宮と同様の神明造りなったのは、明治時代のことで、それまでは尾張造りだったらしい。
まあ、専門的なことは分からないけど、なんで明治時代になってから建て替えるかなぁ。
それまでも三種の神器の一つを祀ってきてたわけなんだから、昔のままの造りを見てみたかったわぁ。

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そして14時に熱田を出発してから、一路名古屋城を見に金山から地下鉄で市役所駅へ。
遠目にみても金の鯱はやらしい位によく目立つ。
名古屋城は小天守閣と大天守閣の2つから成る。
大天守閣の中は5階が展望台になっていて、後2階~4階までは、当時の名古屋市外の様子とかの展示用スペースになってて、やや興ざめ。
年表を見てみても信長達の戦国時代はともかく、江戸時代以降はすごい印象が薄い。
一応御三家の一つなのに吉宗を輩出した紀伊徳川家や、幕末の思想に影響を与えた水戸徳川家に比べると、尾張徳川家は江戸時代の歴史教科書には出てこなかったよなぁ、とふと思い出す。
と、名古屋城に居る時は少しネガティブなイメージしか無かったけど、後で調べてみると戦争時に焼夷弾で天守閣が焼け落ちてしまったようで、だから天守閣内部はあんな感じやったんやな。
そういえば熱田神宮も戦災で被害を生じたみたいやし。

DSCF0345.jpg




 



そしてせっかく名古屋に来たわけで、名古屋駅できしめんと天むすで遅い昼ご飯。
それからはまた名古屋→大垣→米原→大阪と移動。
ようやく家に着いたのは19時半。
移動時間は約12時間。
この移動で宮部みゆきのドリームバスターとアガサ・クリスティの7つの時計を全部読破。
米原からは読む本無かったから、もう1冊はなんかもってけば良かったかな。
しかし、座りっぱなしでケツが痛い。





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