G1クライマックスを見て感じるEL NUMERO UNO待望論 お盆休みと共に、新日本プロレスの真夏の祭典G1クライマックスが終了。 今年は全勝優勝すると思われた中邑を下した真壁が苦節12年目で初優勝と大盛り上がりだったG1。 そんな中、G1を見てフツフツと沸き上がってきたエルヌメロウノ待望論。 このブログを読んでる方で知らない人はいないと思うけれど、まずは簡単にエルヌメロウノをおさらい。 --------------------------------------- エルヌメロウノとは、闘龍門最強を決定する為に行われたリーグ戦。 2001年に第1回大会が開催され、最後に行われたのが2004年。 歴代優勝者は以下の通り。 2001年・・・望月成晃 2002年・・・マグナムTOKYO 2003年・・・CIMA 2004年・・・ドラゴン・キッド --------------------------------------- 毎年、数々のドラマが生まれてきたエルヌメロウノ。 2001年には、当時外様で大ヒールだったもっちーは優勝した時のマイクで「オレも色んな団体渡り歩いてきたけどこの団体が一番弱えーよ!」とクレイジーマックス及び正規軍を罵倒。 2002年は当時正規軍エースのマグナムTOKYOがヒールユニット・M2Kの援護を受けて優勝。 優勝後にマグナム・堀口・ダークネス・横須賀・神田が揃ってマグナムダンス。 そして、そのままマグナムはヒールターンを果たした。 2003年の主役は優勝したCIMAではなく準優勝の堀口元気。 神の宿る逆さ押さえ込みでマグナム・望月を下して決勝戦に進出。 決勝ではCIMAに敗れてしまうものの見事にHAGE旋風を巻き起こした。 2004年は大本命だったSUWAがケガで離脱してしまう波乱の展開。 それを制したのは決勝で近藤修司を破った"神の子"ドラゴン・キッド。 マスクを巡る抗争以外では主役になりきれなかったキッドが、これを機にドラゴンキッド帝国なるものを作り上げた。 まあ長続きしなかったことは禁句。 そして闘龍門は2004年の神戸ワールド記念ホール大会をもってドラゴンゲートに社名を変更。 それと共にエルヌメロウノは無くなり、代わりに最強決定戦としてKING OF GATEが行われるようになった。 しかしエルヌメロウノと違うのはリーグ戦ではなくトーナメントであるということ。 トーナメントでは一発勝負という緊張感はあるものの、どうしても試合数が少なくなってしまう。 ファンとしては普段は見られないようなシングルを通常の地方興行で見てみたい。 レスラーにとって連日のシングルマッチというのは負担がかかるんだろうけど、その分見てる方としてはこの上無く面白いんだよね。 また優勝者以外にもスポットが当たるのもエルヌメロウノならでは。 2003年の堀口元気はその最たるもの。 それ以外にも開幕戦オトコとして名を馳せたアラケンや、2003年初出場ながら予選リーグを全勝で通過したYOSSINOのように異彩を放ったレスラーが居れば、2004年にはリーグ戦全敗だったフジイさんとブラザーによる最下位決定戦があったりと決勝戦以外にも見所は豊富だった。 そういったドラマがKING OF GATEにあるかと言われると、どうも印象が薄い。 (強いて言えば旗持ち親父のデビューくらいかな?) こう書くと懐古厨と思われてしまいそうだけど、闘龍門時代の方が全て良かったとは思っているわけではない。 信悟を筆頭としたドラゴンゲート世代のレスラーがメインを努めるようになってからは、ドラゴンゲートはドラゴンゲートで闘龍門時代とはまた違う面白さがある。 だからこそ、ここでエルヌメロウノを実現させてほしい。 闘龍門時代から看板を背負ってるレスラー、ドラゴンゲートになってから頭角を現してきたレスラー、ドラゴンゲートになってデビューしたレスラー達がリーグ戦で最強を争う姿を見てみたい。 ハルク対吉野、岩佐対YAMATO、CIMA対享、KAGETORA対Gamma、信悟対キッド、サイバー対ハルク、斎了対土井などなど、現在進行形でシングルを見てみたいカードはたくさんあるんだよねぇ。 PR